hirroponのブログ

46歳が色々苦労しつつ鍼灸師の勉強をする日常

リアルでは会いません

 私は生まれた時の体重が4キロを超えていた。そのまま大きくなり食も太かったので小学生の頃には立派な肥満児であった。

 勉強はともかく肥満児に運動は荷が重い。逆上がりも跳び箱も走ることもままならず、男子はともかく女子からは半ば無視される存在だった。

 

 中学生になると更に冴えない見た目のデブのスクールカーストは下がる。闊達な訳でもないので色気づいてもそもそも女子生徒と積極的にコミュも取れずに陰キャとして過ごしていた。

 ある日、ダイエットを始めてみた。当時何冊か買ってみた減量本のなかのもので

 

「水を飲むな」

 

という主旨の本であった。理屈はこうである。

 人間、体内の水分とそれ以外の組織との比率は決まっている。体内の水分量が減っているのにそれ以外の肉が決められた割合を超えて存在し続ける事は無理だ。従って、体内の水分量が減れば合わせて肉の量も減るという主張であった。

 

 なんだか納得した私は水を飲むのを止めた。不思議なもので食事もあまり食べずとも満足するんである。渇きに苦しんだ記憶はないので不思議な話だが劇的に痩せるという事はなかったが1年経つと気付かぬうちに標準体重になっていた。

 よく1年も続けたものだが、途中体重をチェックした覚えがないので本当に何を考えていたのか分からない。

 

 標準体重になってそこそこ見れる容姿になると、さり気ない所で女子生徒から声をかけられる様になった。談笑する訳では無いが普通にコミュニケーションがあるんである。中学3年の時はスクールカースト上位の男女グループとカラオケに参加したりさえした。

 その時の写真が残っているが、肥満児とは思えずむしろ細身の体型で顔も悪くなかった。肥満児だった頃と比べると別人である。

 それからは普通もしくは好意的に女子から相手にされるようになった。好意を寄せられて写真を隠し撮りされたり色々あったのではあるが、元が陰の属性なので甘受することも出来ず高校時代まで終えた。

 

 浪人し、振り切るように私は誰も昔の自分をしらぬ環境でデビューを果たし、そこそこ浮名を流しつつ社会に出た。

 職場恋愛など謳歌していたが、仕事のストレスで精神を病んでしまった私は暴食暴飲に走り激太りした。

 精神を病み前向きな人生観を持てなくなった私はもうダイエットをして人生の1部を建て直す意欲が完全に失せていた。それよりは酒を呑み憂さを忘れる方が自分には必要だったのだ。

 

 そうして再びどころか人生最高に肥ってしまった私であるが、自分の見た目がどこまで人生をマイナスに振り向けたか理解するまでは時間がかかった。それまで自然だった形で女性と接しても、良い反応どころか相手にされずむしろ引き気味の対応をされその事に気づけなかったのだ。

 それまでと真逆の塩対応を受け、

 

「気持ち悪い変なやつ」

 

 扱いをされている事に気づくのには時間がかかった。ネットなどで知り合ったり、久しぶりに連絡の取れた同級生だったり、会うまでは普通のやりとりをしていたのに実際に会うと盛り上がらないのである。

 

 何度か繰り返すうちに自分でも事態を悟った私は隠遁する事にし、かっての友人だろうとネットやSNSで知り合った相手であろうとリアルで接する事からは身を引いて生きていくようにした。

 が、まだ痩せていた時の写真を見栄でSNSに載せてしまっていたり、メールなどネットでのやり取りだけで親密になった女性の中には私とリアルで接しようとしてくる人もいた。中には男性の友人とのオフ会を聞きつけて私に内緒で参加してきた人すらいた。

 

 そしてその後疎遠になるお決まりのパターン。

 

 ちなみに、オフ会に飛び込んできた人は私と会ってからは会話もせずスマホをいじって早々に帰っていった。物凄く分かりやすかった人である。

 私とて好きで嫌われたい訳では無い。相応に傷つき更にリアルで会うことを避けるようになった。

 

 知り合ってから10年以上の付き合いで電話でよく話したり旅行先からハガキをくれたりと親しく付き合っていた友人がいた。

 ある時、用事で私の住んでいる県に来る事になったので会わないかと誘われた。即答できなかった。逡巡したのち、思い切って会おうと告げた。10年以上の付き合いである。嫌いである訳がなく、リアルを知りたい気持ちは私にもあった。

 

 結果だけ書くと、その後電話で話すこともなく完全に距離を取られ疎遠になった。会った事をこれだけ後悔したことは無い。

 

 良い時も悪い時も経験して思う。

 人なんて見栄えが良ければ大抵の事は良い方向に転がる。それが分かっていてなぜ現実を変えないのかと言われるともうそんな事をする動機がないのだ。

 周りに好かれたいと思う人もなし、腹の出たオッサンとして扱われるだけでいいのだ、もう。

ああ忘れまじ暗記法

 それまでなんとなく適当におぼえられていたのが歳のせいもあってすっと頭に入って定着する事がなくなってしまった。

 昨日の実習の時の話だが、近く行われる実技試験の練習としてちょうど一年前ぐらいに学んだいくつかの徒手検査をペアを組んで行った。徒手検査というのは、神経や筋肉に異常がないか患者さんに特定の動作を行ってもらい痛みなどの有無を確認する手技の事で30通りぐらいを勉強している。

 一年前にやった事なので検査法の名前を言われてもどのような検査だったかすぐには出てこないのだが、ペアを組んだ20代のクラスメイトは一年間復習もしていなかったのに名前を言われるとどのような検査だったかすらすらと全部思い出していた。そのクラスメイトは聡明であるという事もあるが、若い人の記憶力の凄さに思わずいじけてしまうほどであった。

 

 さて、それはさておき現在私がたどりついた暗記法は2つある。

 語呂合わせとフラッシュカードというものだ。フラッシュカードというのは要は単語帳、単語カードの事である。これを、紙でつくるのではなくスマホアプリを利用してスマホで暗記作業ができるようにしている。

 やってみてわかったのだが、スマホとフラッシュカードとの相性は非常に良い。実際の紙でできた単語帳だと管理も大変だし使うのも結構面倒なのだが、スマホだと一度作ってしまえばタップしていくだけで確認や暗記を進めていける。暗記項目の割に時間がかからないので周回トレーニングが非常にやりやすいのだ。回数が増えれば記憶に残りやすい。少し心強くなった。

 

 もう一つが語呂合わせである。一度に関係項目を覚えるには語呂合わせの効果は虫できない。私もネットなどで調べて他の人が作成した語呂合わせを見つけてきたり、個人的に覚えにくい事については自分でゴロを作成して覚えるようにしている。

 たとえばこんな語呂合わせをつくったりした。

 

「対抗列駐、自賠責

 

 短いが、この語呂合わせには

 

「太淵 孔最 列欠 中府 自経 肺経 T3」

 

 と7つの暗記項目が入っている。こんなふうにして少しでもスポンジボブ状態の頭に残そうと努力は一応してるんである。

 

 要は国試に間に合うかなのだ。

記憶術にまつわるエトセトラ③

〈前回までのおはなし〉

苦労してるよ!

〈これからのおはなし〉

もっと苦労するよ!

 

 初めてする話ではあるが、鍼灸師とは医療系の資格の中で治療行為を行う事が法的にみとめられた稀有な資格である。そういう事情もあり、専門学校のカリキュラムではみっちりと本格的な医療の勉強をさせられる事になる。解剖学や生理学、臨床医学など無味乾燥にもほどがある上に今までの人生とは無縁の医療用語に圧倒されてしまい、正直な話をすると入学当初は皆

 

「来る所間違えたかもしれない」

 

と思っていた。いきなり骨の各部名称、身体の血管の名前などを一回の授業で数十個まくしたてられ、次の授業ではそれが当たり前のように使われるとなると頭を抱えたくもなるというものだ。

 

 当然暗記するにも色々方法がある。というか皆考える。赤い文字で書き、その上に赤色のシートを置いて読めなくして暗記するセット(チェックシートというやつ)は一時期皆持っていた。小学校で九九の暗唱に使ったような単語カードを持ちあるく者もいた。もっとも、単語カードには欠点があった。一回の授業で覚える事が数十個出てくるので単語カードの作成が間に合わないのだ。そんなこんなで皆試行錯誤である。

 

 私は若い頃のように覚えるまで書くという方法をしていたが、集中力か脳の機能低下のためかノートを何冊も書き潰しボールペンのインクを何本使い果たして最終的にボールペンは芯だけまとめ買いするようになっても覚えることが頭に入らなかった。

 そのうち、一日二日は暗記できるのだがそれが保っていけない事に気づいた。必死で定期テストをパスする事はできるのだが、一ヶ月後になると作ったノートが他人のものにしか思えなくなるのである。

 

 私も努力らしきものはしてみた。

 

 ネットで検索し、暗記帳をスマホで使えるアプリを見つけてきたのである。なおかつ、「人間はある程度の期間をおいて繰り返しある物事を覚える事で効率的に記憶する事ができる」というエビングハウス忘却曲線なる理論を応用したアプリを見つけ出したのだ。

 このアプリさえあればもう暗記で頭を悩ます必要はない!

 

 ・・・筈だった。

 

 まず、暗記項目の数が多いというのは上にも書いたが、一回の授業で九十個も覚える項目が出てきたらそんなもんどうしようもない。私が選んだアプリは、パソコンで暗記したいデータを入力できて効率的!と謳っていたのでなんとかなるかと思った。

 

 が、そのアプリはDBをクラウド上に保管するという大馬鹿三太郎なシステム設計になっていた。クラウドの何が問題かというと、データ紛失の心配はないがネット経由で接続されているためレスポンスに少し時間がかかってしまい一つの項目を入力したら次の項目の入力までちょこっと待たされる非常にストレスのかかる使い心地の代物であった。

 もちろん窓から(イメージ的に)投げ捨てた。

 

 そんなこんなで一年二年とやってくると、要領だけはよくなってくるんである。テストに出るレベルでまとめを作って短期で頭に叩き込みテストで吐き出してすっかり忘れるというダメなパターンが確立されていた。

 テストでやった所を復習しようにも、現在進行系の授業に追われているとそんな余裕もないのである。なので、頭スカスカの中年には取得した単位だけが残るだけである。

 

 若い人は良い。

 覚えられんといっても気合を入れて覚えたものはある程度残ってくれる。

 気合を入れて覚えたものすら忘れてしまう自分はどうしたら良いのか。

 

 そんな事を悩んでいるうちに三年生になってしまい国家試験対策が必要になってきた。こうなったら腹をくくるしかない。

 

 語呂合わせを自分で作ったりネットで拾ったりしてその語呂合わせ自体を忘れないように毎日繰り返して頭に入れ、とにかくしつこく反復して頭に入れる。書く事もするがそれは最後のフィニッシュで、普段は声に出すか頭の中でイメージして書きだした代わりにする。

 単語帳はどうしても必要なので、暗記項目データをEXCELで作成できてスマホに取り込めるアプリをかなり苦労して探しだした。なぜかこのジャンル、iOSのみ対応のアプリばっかりでAndroid版は最初からないか途中で開発停止されていたりとかなり差別されていた。

 

 ようやく見つけたアプリだが、EXCELで三十分もかければ50や60の暗記データは作れるので、それをあるフォーマット(EXCELで十分選択可能)で保存してスマホにメールで送って読み込ませる。

 今使い始めて二日目であるが、もう150項目ぐらい登録したし朝起きぬけとか寝る前とかいったスキマ時間が使えるのでとても助かっている。覚えるのには何回も繰り返す事が必要であるが、繰り返すのも効率的にやらないと中年の能率の悪さではついていけない。

 

 後は語呂合わせを積極的に使う事にした。昔若い頃は見ているとなんとなく覚えられていたものが覚えられないのである。意味のある並びにしてつるっつるの脳みそに少しでもひっかかってくれるようにしないといかんのだ。

 自分でも語呂合わせを積極的に作っている。語呂合わせというか、リズムのあう言葉を並べただけだったりするが、

 

「たいこー列駐、自賠責」というよくわからん言葉を作った事があるが、後ろの()の(太淵、孔最、列欠、中府、自脈、肺経、T3)を全て含んだ語呂合わせである。

 

 要は自分の頭に残ればいいのだ。そして国試に受かればいいのだ。

 

 今日も単語帳の作成と語呂合わせの暗記は続く。

 

私はいかにして心配するのをやめて鍼灸師を目指したか④【完結編】

 *私の鍼灸・整骨に関する記述は全て当時のものであり、現在の制度にそぐわぬものなどがあるかもしれませんが時代の変化によるものであるとご理解ください

 

 不器用な人が食べている鴨川うどんに負けず劣らずうねうねして掴みづらい私のブログであるが、さすがに

 

鍼灸師

 

どころか

 

鍼灸」にすら触れていずに三回も原稿ができてしまうとは思ってもみなかった。東洋医学には、病気を起こす体質を「本」と呼び病気として表面に現れる症状を「質」という。そういう概念を用いて

「本質に触れんと表面だけこねこねしとってどないすんねん」

「本質、本質いうてるうちに実際の具合の悪さが進行してったらどないすんねん」

という2つの治療概念を生み出している。

 このブログも

「もうテーマは忘れて日々のしょうもない事で小手先の文章でええがな」

「きちんとテーマに沿わんとしょうもない事ばかり針小棒大におもしろおかしくやってるだけやとあかんからはてなでブログを始めたんやないか」

 

 こういう2つの方針が私の中でせめぎ合っている。が、とりあえずテーマは大切なので今回で鍼灸師を志望するまで絶対書き上げる事にした。

 〈いままでのあらすじ〉

 就職して七転八倒のまま、公務員になってみたよ。生活も安定安泰するかな?

 〈これからのあらすじ〉

 安定安泰なんか僕の人生にはないんだよ!

まあ、中途採用という事で文部科学省Ⅱ種行政職員(当時)という形で田舎大学で働く事になったのだがとにかく組織のカルチュアがあわぬ。最初に就職したIT企業では何か問題があると

 

「何?問題?どないすんの?できる事があるんならやれや!できんのなら上司に言うとけ!」という姿勢なのでひと手間かけても便利になるんならなんぼでもやれというかやらんかったら仕事が間に合わないという文化の世界であった。

 それが災いし、手書きで作成しているリストに対して

 

「これ、なんで手書きなんか(鉛筆で下書きしてペンで清書)やってるんですか?EXCELで文書のテンプレそっくりなもん再現したったらキーボード入力で済むし清書の手間も省けますよ」

 

 ととんでもない爆弾発言を配属2週間でかましてしまったのである。他にも様子見の為大人しくするという処世術よりガンガン自分について語って理解を得るのが良しという処世術を身に着けていた私である。いずれ避けられぬ不幸であった。才能がないのだから大人しく様子見をするという知恵がついたのはここでの経験が元であるが、逆に何ひとつ実質のある事は言わないという反対方向に逆ブレした性格になったともいう。

 

 で、さきほどの発言の何が問題かというと、国家公務員の世界では、であるが重要書類は書式についてどういうレイアウトにするかとか規定が決まっているんである。それを無視して勝手に電子化しましょうよという私の提案は

 

「お前の言うとる事は公文書偽造罪にあたるとわかっとんのか!」

 

と激烈なお叱りを受け、ついでにその方からから漂ってきていたパワハラの雰囲気が実態を持つ強風として私に吹き付け始めた。聞いた所によると、私がその田舎大学に採用されたのは私が配属された私の席に座っていた高卒枠採用の新卒職員が

 

1年たたずに本人の退職と転職(警察官に転職していった)で空席になってしまいとにかく穴埋めが必要だったからという理由らしい。1年立たずに新卒前任者が逃げ出す職場ってどうなのよという話だが、どうもこうもない所であり、4月1日に採用された私がGWに遊びに来た家族に「死にたい」と涙ながらに相談するようになるというとんでもない所であった。

 

 ある日もこってりと怒鳴られもう脳の芯がぼんやりしてきて「死ぬのかなあ俺」などと思っているとき、帰路にあった整骨院(国家資格『柔道整復師』を所有した人のみが経営できる施術院です『整体』ではありません)にふらりと足を踏み入れて肩こりを見てもらおうとした。

 そこで、感じたんである。

 

 人の手で丁寧に身体の状態を見てもらい、ケアしてもらう事で人間どれだけラクになるかという慰安のちからである。

 見てもらったのは肩こりであったが、それでも数十分のケアで千円行かない程度でボロカスのごとく扱われている自分が息をふきかえしたのである。人心地がつくというのはこういう事かと思った。人であるという心地が持てるようになったんである。

 

 私はほぼ毎日帰路(帰れる日は〉その整骨院に通い、そこで少しだけでもリフレッシュして延命をはかっていた。整骨院との二回目の出会いである。そして、鍼との出会いもあった。

 田舎大学だから、という訳ではないが大学の地元は天皇陛下もお認めになられたという温泉地でありスーパー銭湯の類もそこそこあった。あったが、風呂入ったから何やねんと対して風呂そのものに価値は見いださなかった私は利用者向けメニューの

 

鍼灸・マッサージ(予約制)」

 

に目をとめた。マッサージはあちこちで受けているが鍼灸というのはない。一度試してみるとしよう。どうせ独りで来てるから時間自由だし・・・

 

 今から考えると結構な金額であるがそれだけ腕の良い鍼灸師さんでもあったのだろう。肩こりをその時訴えたのだが、一回の鍼灸治療で肩こりが全部取れてしまったのである。毎日の整骨院(一回の治療で聖徳太子一枚、つまり千円〉では気持ちよくはなっても肩こり自体は治らない。今回の鍼灸は結構な治療費(銭湯の入浴料+サービス利用料)で大一枚(一万円の事である)という差は独身貴族(貴族でもなく独身なだけだが)の財布からもそうそう出せはしない。

 と、いう事情で普段のケアは整骨院、重症になると入りもしない温泉の利用料を払って(100円シャワーであっても私は文句を言わなかったと思う)鍼を打ってもらっていた。

 

 その後も色んなマッサージなどの慰安系からカイロプラクティックなどのガチンコ系などボディケア関係のつまみ食いをしていたのだが、その蜜月は長く続かなかった

 

 書いていなかったが最初のパワハラ部署でおかしくなった私は次の部署の激務で(そこも身体を壊して辞めていく人が多く長続きがしないという係であった)完全に壊れてしまい休職してしまっていた。そして復職したのだが、もう働きたくなくて左遷用の窓際部署に飛ばしてもらっていた。そこでのんびり過ごしていたがそこに精神的におかしくなってしまったパワハラ系上司が左遷されてきてしまい、大騒動が起きた。

 大騒動の結果として再び休職する事になってしまい、結果として十数年つとめた(半分はネットで2ちゃんねる《現5ちゃんねる》を見て過ごしていたがサービス残業を計算にいれると人並みに働いていたと思う)大学職員を辞する事になったのである。

 

 元々地元でもなんでもなく、日本で一番か二番目に人口が少ない県庁所在地と言われる過疎の土地での暮らしに未練もなんにもない。とっとと後にしてUターンを目指す事にした。

 余談ではあるが、それ以来私は大学職員としての暮らしを提供してくれた某山口という言葉が非常に嫌いになってしまった。『某』山口宇部産業道路から『某』山口もえまで『某』山口と名前がつくだけで嫌なのだ。困ったものである。

 

 そしてUターンして新しい生活が始まった。が、当時の私は三十代半ばと再就職には非常に難しい年齢であった。又、前職が公務員というのも非常に難しくする要因であった。実務やキャリアとして公務員の業務は見てくれないんである。外から見たらたしかに名前からして業務内容が不明な所は多かったと思うが、予算の立案から実行、その他諸々(中には官製IT土方としての業務もあった)民間企業に換算してどう評価するかどう活かすかめんどくさいノウハウを持っている所など天下りで偉い人を受け入れている大企業か、日々役所を日参して図面の修正で役所の最前線とやりあっている気合の入った現場系企業しかなかった。で、そういう民間で活かせる特殊なノウハウはもちろんなかった。

 

 結局、

 

「事務処理に熟達しているけど専門性のない三十代半ばのおっさん」

 

として派遣職員になるしか道はなかった。最初の頃は事務だけではなく他業務の経験も活かした派遣さんとして地元で最高の時給をいただいていたのだが、正社員にはなれない。年齢が上がるにつれて事務の案件も若い子に回っていき自分に回ってくるのはコールセンターのオペレーターとか病院の救急病棟で24時間受付などといった向いてないので余計に厳しい仕事ばかりとなってきていた。

 

 そこを見かねた親が、学費は奨学金、生活費は有る時払いでいいからどっか専門学校行って人生立て直してこいやと手を引いてくれたのである。それが無かったなら今でも職を転々としていた事だろう(専門学校生をやりながらでも転々としているので差はないかもしれない)

 

 さて、なんの専門学校に行くか

 

 もう、学歴も職歴も、前歴に縛られることもない

 自分がやって楽しかったこと、充実感のあったことを選べばいい

 マッサージはするのもされるのも良かった

 マッサージをしてくれていた柔道整復師はどうだろう?

 整骨院はブームでコンビニより数が多いといわれる過当競争なので駄目。

 なら、同じ流れで鍼灸はどうだろう?

 鍼灸なら技術があれば民家の一室でせんべい布団を敷くだけで年金生活者になってもやっていけるような気がする

 

 と、今までの絶望と少ない前向きな体験から久しぶりに自分の将来(見たくない)を見据えて

 

 私は鍼灸師の資格をとろうと現在住んでいる県には一校しかない専門学校に足元を見られた高い入学金を払って入学する事になったのであった。

 

 ちなみに現在、私が住む某県では競争相手となる専門学校の設立準備がすすめられており母校のボッタクリ体質についに終わりがきたかと学生一同ざまあみろの精神で団結している。

 

 

さようなら、5ちゃんねる

 仕事以外の余裕が増え、本来なら勉強に回せる筈の時間があった私であるが、最近は時間を北海道のしぼりたて生牛乳よろしく無駄につかうばかりであった。具体的には、読みたくもないのに延々と5ちゃんねるを巡回して数時間を過ごすなどの罪深い行為である。

 専門学校に入学し、やる気と授業内容の多さに追われて必死だった頃は5ちゃんねるどころか娯楽も一切なしでひたすら机に向かい続けていた。が、ある時魔が差した。気分転換も大事だとスマホを触りはじめたのたが、それが運の尽きであった。今では勉強している時間とスマホをいじって5ちゃんを無為に眺めている時間とでは後者の方が大きくなってしまうというダメ受験生を46歳にもなって地でいく始末である。

 

 こんな事ではいけない。まずは環境面でも自分を追い込もう。

 脳に寄生虫でもわいたのか天然モルヒネでも分泌されたのか、妙に気力が湧いてきた私はある決断をした。

 

 5ちゃん断ちである。ここでどうでもいいやりとりを目にする事で過ごす無駄な時間は計り知れない。何より、スマホ片手に

 

「ボクチン本気だにょ~」

 

などと言ってみた所で誰がまともに相手にするだろう。

 5ちゃんの基地外たちの妄言に目を通す暇があるなら、東洋医学概論の1ページに目を通すべきなのだ。少なくとももうそういう切羽詰まった時期に来ているのである。

 

 めずらしく客観的に分析した結果、なりふりかまわず自分を追い込むべきという楽しくもなんともないが正しい結論にたどり着いてしまった。

 これでネットと私とのつながりは、このブログとツイッターになる。正直これも廃人率が高いので問題ではあるが、少なくとも受け身のままだらだらと情報を受けて呆けている事はできなくなった。

 

 これでいいのだ。多分私の選択なので間違ってるが。

私はいかにして心配するのをやめて鍼灸師を目指したか③

 自分の中では既に折り合いのついている事をこうやって何度も区切りをつけつつ書いていくのは少し興が削がれる感じがある。自分の中でカタがついたものは一気に外に吐き出して終わりにした方がすっきりするのだ。が、そんなエクソシストのワンシーンみたいな真似をされても困るのはそこにいた善意の読み手である。

 私の文章に目を通している時点で善意とは何か問い直した方が良い気もするが、読み手の事を考えてこのブログを運営していこうと決めているのでそろそろ話を再開したい。

 

 〈いままでのあらすじ〉

 学生時代、整骨院という職に興味を持ったが選ばなかった。

 

 さて、山一證券が倒産という当時何人がリアルに「飛んだ(富田林の事ではない)」か見当もつかない混乱し傷ついた経済の中で就職活動をせざるを得なかった私である。

 

 実はこれ、自業自得なのである。

 

 前回ちょっとだけイギリスに留学していたと書いたのだが、留学期間をできるだけ長く一年近く確保したために日本での大学卒業は一年遅くなる事となってしまっていたのだ。要は一年日本の大学を休学し、四年ではなく五年で卒業したのである。

 就職活動を行う時期も一年同期で入学した学友たちとは遅れて行っている。実はその留年も何もせずストレートに就職活動を行った学友たちの年は

 

「嵐の中の凪」

 

と呼ばれるほど経済的にも安定を取り戻したように見え企業の採用も意欲的だったのだ。実際に学友たちの就職活動も色々あったようではあるが志望業界にほぼ内定を決めていた。それを手紙(当時はインターネットの手続きが面倒だったのだ)で知った私は自分の就職活動の前途に明るいきざしを勝手に見ていたのだが、それはわざわざ遠いイギリスのニュースで倒産を発表しうなだれる山一證券の経営陣を見るまでの事であった。

 日本などという地球の反対側の国のニュースがヘッドラインを飾るなどというのは当時起きた酒鬼薔薇事件以来の事である。

 

・・・よく考えなくてもイギリスから見た日本というのは

 

「変な文化か、経済ぐらいしかかかわりのないしろもの」

 

というのがニュースを視聴していてよく分かるのだった。

 で、せっかくの就職活動の追い風に背を向けて逆風の中孤立無援で就職活動を行った私は最終面接で落とされまくったりしながらも当時のITバブルの恩恵を受けて大量採用していた某メーカー子会社に拾って貰う事ができた。

 実は当時、落とされ続けて受験する企業が無くなってしまい途方に暮れ、会社四季報に乗っている企業に順番に電話をかけて

 

「まだ御社では採用活動をされておられますか?おられましたら是非選考に参加させていただきたいのですが・・・」

 

ローラー作戦をかける所まで私は追い込まれていた。そんな時に、ちゃんと入社するなら面接しますよと話が通ったのがそのメーカー子会社だったんである。人生綱渡り。

 

 で、SE候補として社会に出る事になった私だが、相変わらず何がしたいとかそういう次元での発想ができなかった。ただ、人の為に動いて喜んで貰える事が非常に好きであるという事は分かってはいた。が、会社で仕事をするのもそりゃ人様のお役には立てるけれど結果論としての話であって実際の手応えってあるんだろうか。

 実際私は、

 

「手応えがあって自分にできる仕事はなんだろう」

 

と悩み続ける事になる。社会に出て様々な挫折を経た後に国家公務員となったのだが、今で言う第二新卒をこじらせて油で揚げたような経歴でも就けるまともっぽい仕事が公務員しかなかったという身も蓋もない選択理由だけではなく、落ち着いた仕事の中で人の役にたってささやかに静かに暮す事への憧憬とでもいうものが確実にあった。

 公務員幻想というやつであるが、無論当時の私にそんな広い視点は持てやしない。片っ端から受験した公務員試験の中で受かった国家公務員Ⅱ種で、成績も良くない私を採用してくれた某田舎の駅弁大学で公僕として慎ましく生活を丁寧に送りながら暮らそう。と、まるで小学校から女子校育ちだった学生が結婚生活にいだきそうなほど甘ったるい夢を見ていた。

 

 当然私の事であるので、即地獄に叩き落される準備がされている事など知りようも無かったのであるが、まだ鍼灸の話にたどり着かないのはご容赦願いたい。物事には順序というのがあるのである。

 

 待て次回!

私はいかにして心配するのをやめて鍼灸師を目指したか②

 お仕事休みの日曜日、家事も片付けたので溜まっている勉強に取りかかれば良いのだがテンションが上がりすぎて大人しくしていられなかった。何をしていたかというとエックスビデ○などの主に教育に宜しくない動画を視聴する事ができるサイトを複数閲覧し、個人的に好ましいと思えた動画を片端から個人のPCにダウ○ロードしてタブレットに収納していた。

 お前は生殖器がダース単位でついているのかというくらい多数の動画を手に入れたが時間を超フルスイングでドブに捨ててしまった気がしてならないので、少しでも生産的な事をしようとブログの更新にとりかかっている。

 

 〈いままでのあらすじ〉

 人生七転八倒、迷走した結果専門学校で鍼灸師の勉強を始めたよ!

人生七転八倒。実に味わい深いというか私を表す言葉である。ある日、知人(私とて知人くらいはいる)から

 

「ひろぽんはいろいろあっても必ず立ち上がるよね。七転び八起きだよ」

 

と励まされたのだが、とっさに出たのは

 

七転八倒という言葉があってな・・・」

 

という誰がうまいことを言えという返しであった。七転び八起きと言えなくもないが、それは前向きなのでなく起きないと餓死するからである。

 

 さて、話を本筋に戻してなぜ鍼灸師の道を志しているのかという話。

 元々学生時代からマッサージをするのが好きだったのである。当時お付き合いしていた彼女が疲れやすいたちだったのでグルーミングがわりにマッサージをするようになっていったのだが、単に望まれたからというだけでもなく割とマッサージをする事自体が面白かったのだ。

 若い男女の事である。マッサージとして触れ合っているうちにエキサイトしてそれが条件付けとしてマッサージを好むようになったのではというむきもあるかもしれないがそれはあたらない。

 

 単なる知り合いの肩を揉むのも面白いので飲み会で誰かの家に集まったりすると肩を揉ませてもらってそれぞれの筋肉の凝り方の差を楽しむ癖がついたのである。気のおけない間柄だけでの集まりならともかく、初めてお目にかかる人もいるような席でこれをやると非常にインプレッシブな印象を残すようで

 

「あの子、この前ひろぽんの事『変わった人だね』と言ってたよ」

 

などと聞いた所で意味のない情報が耳に入ってきたりした。わざわざ後日談まで本人の耳に入ってくるというのはその人がよほどのイケメンか江頭2:50並の変人かのどちらかである。無論私は後者なので面白くない。

 

 そんな感じで、「働く」という事にまだリアリティが無かった頃

 

「何をどうやって卒業以降を生きていくか」

 

 を考えた時に

 

「人にマッサージするのが好きだからそれが仕事にならんかなあ・・・世の中には整骨院という職場があって柔道整復師という資格もある事だし」

 

 という発想が浮かんできた。が、前回書いたが私は大阪大学人間科学部という変ではあるが入学するのも一人暮らしをして通学するのもそれなりにコストのかかる道を歩いてきていた。それなりに学歴にコストをかけて貰った身として、学歴を活かした進路を選ばずにいきなり直角に人生のハンドルを切ってしまうのも親に申し訳ない気がする。

 今の人生に本当に役に立っていないので書いてこなかったが、一年イギリスに留学(費用はほぼバイトで貯めた)までしていたのでますます投下したコストを回収しないと親が泣くよなあ・・・などと当時の自分は思った。

 

 今にして思うと、人生七転八倒してからよりはハナっから行き着く選択肢を選んでおく方が賢かったような気がしてならない。

 

 まあ、そんな理由で整骨や整体という世界への興味は一旦机にしまい込んでいわゆる一般の就職活動を行った。

 あいかわらずなんで鍼灸なのかという所に行き着かないがもう1500字を超えたのでそろそろ話をいったん括ろうと思う。待て次回!(何も構想なし)